stormy97’s diary

あわよくば人に勧めたい、作品の紹介と感想

斬新なバイオテロもの、『時限感染 殺戮のマトリョーシカ』

岩木一麻の、『時限感染 殺戮のマトリョーシカ

 

内容は、
ウイルス学教授を殺害し、病原性の低いヘルペスウイルスを使いながらも「数十万人を殺害する」という犯行声明を出したバイオテロリストと、それを追う警察官らの追跡劇

という感じでしょうか


マトリョーシカというサブタイトルが、防護服の表紙に不似合いで目を引きました。
ウイルスの外殻、エンベロープマトリョーシカの殻に見立てたのかなー などと予想しつつ読み始める。
ひっさしぶりに読んだサスペンス、面白かったですね〜〜


所々推理しながら読むこともできるこの小説、バイオものがお好きな方には、散りばめられたヒントが相当面白いと思うので、ぜひ読んで、あの感覚を味わってほしい。

 


時限感染 殺戮のマトリョーシカ (『このミス』大賞シリーズ)

 

 

【以下ネタバレ】
追跡劇、なんだけども。
二章目で、なんともあっさり犯人たちの名前がわかります。ここからは警察官目線と犯人目線、主に2つの視点から進むようになります。

 

犯人がわかった後に気になったのは、「どうやって大量殺戮を起こすのか?」だった。

この弱いウイルスの使い道が非常に気になって、読む手が止まらなかった。

 

そして読みながら、どうしても腑に落ちないのが一点あった。
犯人らは自分もかかるのは覚悟の上と言うんですよ。

なぜワクチンを用意しない?

 

それから2章を読んだ後は、時間のトリックの可能性が出てくる。

南が生きていた時に既に散布済?ということは、潜伏期間が非常に長いのだろうか?

 


それらが一気に回収されるのは爽快だ。
病原微生物に興味ある方だと、この一単語でああーーー!!と全てが繋がると思う。

 

 

 

そう、「プリオン」の文字が出てきたときに。

 

・犯人はタンパク質の専門家だった。
・ワクチンがない。
・かかったら絶対に助からない。
か〜〜〜

伏線の貼り方が巧いなぁ…


体に終生潜伏する毒性の弱いウイルスと、単体では感染力の弱く、致死率の高いプリオンの組み合わせ…よく出来てる…

 

最近にウイルスを入れるのは現実にも行われてるけれど、プリオンをウイルスに組み込むことは初めて聞いた。これも現実でもできるのだろうか。

 

 

ウイルスの謎は解けたけれど、謎はここでは終わらない。
犯人の行動と、犯行動機がわからない。

 

犯人の一人「相葉」の人物像が魅力的でした。飄々として、マイルドな口調、線が細く、端正な容姿、掴み所がなくて、非常に頭が良い。
そこはかとなく、BLOODY MONDAYのJを彷彿とさせた(こちらも一筋縄ではいかないバイオテロものの、参謀)

 

彼の真実を聞いて、このイメージが変わることになるのですが。
前のままの動機でもとても魅力的だったけれど、これはこれでウワーっとなりますね。


「彼は罪に対して不釣り合いな罰を受けることになる。にも関わらず、全ては彼の思い通りになる。」
「彼は自らの命と引き換えに、彼が守りたかった人と社会を救済する。」


本人はあくまで愚か者を啓発するためにやったと言い張っていて、事実を見せる気はない。それに警察らが気づいても、本人が望まないから事実は公表されることも絶対にない…。


まっったくよお!お前がマトリョーシカだ!!😭大した二重構造だな!

 

優しくて頭が良くて、利他的で自己犠牲的すぎる故に、冷酷な人を意地でも演じ続ける嘘つき、たまらないですね。
犠牲を払って全て思い通りにする男。。
私事ですが思うところがありすぎる(過去の記事を見てもらうとわかるかもしれない)

あと今後の災害に備えた予防接種のようなもの、というのにデジャヴを感じたんだけど思い出した、VFだ。

 

読後には静かな優しさが残る小説でした。

 

 

全体としては、

エンタメっぽい印象が強く、登場人物もある程度記号的で、2日程度でさらりと読めた。

例えば カマキリのような顔をして、学生時代はカマキリの研究をしていた、鎌田さん。笑

 

そういう所や、易しい文の印象から、始めはライトな印象を受けるかもしれない。
だけど、その実内容は専門的だ。
(より詳しい方がどこまでリアルに思うかはわからないけど、ウイルス関係については、若干分子系かじってても面白く読めた)
生態学の話、プロファイリングの話、哲学の話、経済の話、と色々出てくる。


そして意味のない描写が全然ない。
これだけ盛られたら名前をすぐに覚えるし、カマキリの研究をしていたというその設定は、後に色々な所に効いてくる。
小説として、上手いと思った。


最初に鎌田が無能なテレビ局員に向かってまくし立てた、桐生にとってはちんぷんかんぷんな内容
想像とは、外界の状況のシュミレーション、つまり想像力がなければ時間的にも空間的にも単一でしかなかった外界像の多重化(意訳)
も、鎌田が嫌な奴だという表現かと思ったら、後の展開への伏線でしたね。
同じく作中に比喩で出てくる、シュレディンガーの猫とも通じる。

今見ている現実は幻かもしれない。はぁ…。

 

巧といえば、物騒な事件で引き込み、深まる謎と犯行トリックで盛り上げ、犯人の内情に迫り、叙情的に盛り上げ、余韻を残す。

この流れの演出も凄いと思った。

 

あとは舞台が東京オリンピックを控えた2019年頃なので、今ともリンクしていて臨場感があった。いいタイミングに読んだかも。

 

 

小説としての巧さや読みやすさ、内容の詳しさとエンタメ性とのバランス等々、とても良かったので、この方の作品をもっと読んでみたくなりました。

この作者さん、以前話題になった『がん消滅の罠』の方だったんですね!
これも気になっていたので、この機に借りてみようと思います。

 

 

 


BLOODY MONDAY (ブラッディ マンデイ) 全11巻セット (少年マガジンコミックス)

 


がん消滅の罠 完全寛解の謎 (宝島社文庫 「このミス」大賞シリーズ)