『あなたの人生の物語』感想
公開当時に表題の映画化作品「メッセージ」を観ていたが、当時は原作が難しく途中で止まっていた。
数年越しに再挑戦。相変わらず難しいながら、面白かった。
先に知っていたことが理解の助けになったので、映画を先に観ておいてよかった、とも思った。
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短編集をふだんあまり読まないのだが、短編同士に共通したテーマや作者の思考型がすこし覗けて読めば読むほど発見がある。短編集の面白みに気づいた作品にもなった。
独自のSF設定が多めで、言語学などより楽しむのに必要な知識は作中ではあまり解説されず、文体も頭の良さそうな印象※なので、エンタメが好きな人よりは、小難しいのが好きな人、SF慣れしている人向けという印象。
※巻末の作風の解説で、この辺りには納得がいった。
【以下ネタバレ感想】
バビロンの塔
バビロンの塔を作る作業員たちの話。
バビロン(バベル)の塔の話はふんわりとしか知らず、神々しいイメージがあったので、こんなに等身大の作業員たちが出てくる話とは驚いた。
筒状にした紙のように、天は地に繋がっていたのだというおち。
理解
人間関係より頭脳の発達の方に重きを置いたアルジャーノン。
損傷が大きいほど復元の過程でより頭脳を良くできるというのは何だかしっくりくる。
脳神経を繊細に発達させるのは難しそうなので一から作った方が簡単そう、というか。
でもそれだと頭良くなったその人は、もとのその人と同じと言えるのかな。
主人公は同じく作られた天才と対決することになり、相手が「理解」と口にしたことで負ける。
肝心のこのセリフの意味が理解できず、残念。調べると訳してない英語ならわかるという話も見るのだが、果たして…?わかる方いたら教えてほしい。
天才二人の、超越した頭脳の活かす方法が自分のため⇔世界のためと違うことや、それらのぶつかり合いが面白かった。
身体能力の向上、常人より低血糖に注意など、天才の描き方も興味深い。YASHAという漫画で描かれた人工的な天才の双子にも、その特徴が当てはまったからだ。
「人工の天才」に関して、元ネタがまとまっている文献などがあるなら読んでみたい。
こういう話ではよくテレパシーが出てくるな。自分には非現実的なものに見えてしまうこれにも、何かしら根拠があるのだろうか?
またこの作品で特に、「『あなたの人生の物語』と同じ作者が書いてるー!」という感動を味わった。その章の方に後述。
ゼロで割る
数学は筋が通っていない、世界と結びついていないと気付いてしまう数学者の話。
自分は数学で虚数が出てきたあたりから、果たしてこれは地に足ついた話なのか過程の話なのか判断できなくなったけれど。(実際どっちなんだろう?)
この主人公は地に足ついた話だと信じていたが、そうでないと気づく。
自分の人生の基盤をなす価値観を、自分で反証してしまうというところに、イワンカラマーゾフに似たものを感じた。
理性的であるほど、その現実は耐え難いものとなるよね。
作中に出てくる主人公の夫にとっては、その基盤は、女性との関わり(…うまい表現が見当たらないが解説の言葉を借りると主人公にとっての数学は夫婦仲のメタファー)だったのだろう。気持ちは「わかる」のだが、それを明らかにすることは自分の信念や世界と反するのだ。
あなたの人生の物語
「メッセージ」の原作。
時勢そのものが演出になっており、不思議な感覚を味わえるところが好きだ。
三世の書の問題は、両方文脈によって成立しえるけど、両立は不可能との説明で、なるほどなと思う反面疑問も残る。
未来を知った者は具体的にはどのように…どのような方法・心理で、それを遂行することになるのか?義務感が生まれるのなら、それはどういう事が心の中で起こった結果なのだろう?いや、結果はおかしいか。
また、どこまで制御可能なんだろう?読んだ場合・読まなかった場合に共通した心の動きまで紙に書いておけるのか?いやいや、読むならば読むことが自明なのか?
こうやって因果のない考え方(=変分原理?)は、やはりうまく飲み込めない。でも作中に出てきた「光は最速で届く距離を通る」の考え方のように、今までに自然に受け入れてきていることもあるのだろう。
この考え方は面白いなと思った。
「理解」101ページに
これは…(中略)大きな一つの象形文字としてとらえるべきものなのだ。こういった象形文字は、単語を千個並べても表すことはできない内容を、絵よりも意図的に伝えることができる。象形文字一つ一つの複雑性は、それに含まれる情報の量に比例するだろう。
とあった。
ここでも共通して象形文字のようなもの、情報の一覧性に優れ、より抽象的な「文字」が、高レベルなものとして描かれていて、ああこの作者が描いたんだ…とテンションが上がった。
また、これが知性の発達(「理解」では文字通り、「あなたの〜」では同時的意識の獲得)と同時に描かれていることから、言語体系の変化が、認知能力を変える、といった考え方を持つ人なんだろう。
かなりざっくり言うと「言葉は思考を規定する」、伊藤計劃の小説でもそういった考え方が出てきていたので興味深い。そういう学問があるのかな。言語学?
変分原理(物理学)
七十二文字
この短編集では、いずれの作品も何かしらの今常識として採用されている前提が逆だった場合の「もし」の世界を書いているように思える。
生き物の発生についての説は卵原説と精原説の二種類ある。
今は卵原説が採用されており、それで説明づけられているが、この話はおそらく精原説が採用され、なおかつそれを発展させてきた世界だ。
この作品は「発生」の原理の逆バージョンではないか。
ここでの「もし」は自然現象への解釈違いで、それに対してじっくり難しい言葉で語られているため読むのが辛かった。
著者は相当言葉に期待しているんだなーと思っちゃうけどこれすら客観的に仮定を膨らませてるだけなんだろう。頭柔らかいなぁ。
文化というものには、それ自身を永続化させようとする性質がある
から、環境を豊かにすることだけが人を上品にはできない、という話には共感する。
だがそれが母体の中で胎児が刷り込まれることが原因、というのはなんだかな。
自分ならばミームの影響を材料にして、完全に人を育てる環境が入れ替わるまでには時間がかかるのが原因だと言う。
後半になって権力がからんでくるあたりから物語として純粋に楽しめた。
最後にストラットンがたどり着いた人類存続の方法の方が、名辞をDNAもしくはエピジェネティクスと似たものとして捉えているようで、逆に馴染みやすかった。
今までは卵か精子…あるいは人形のいずれかが本体であり、名辞は単なるオーガナイザーだったので。
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前生説⇔後生説
卵原説⇔精原説
人類科学の進化
数ページのすごく短い小説。
遺伝子操作(スギモト遺伝子療法)で、初期胚の神経を発達させ、「新人類」が作れるようになった世界。新人類は新人類だけの論文発表手段(DNT)を持つが、人類はそれを直接受信できず、翻訳して読むしかない。
比較的理解しやすい。ただ何がテーマなのだろう?
→巻末の著者の発想のきっかけを書いた「作品覚え書き」にて、科学雑誌サイエンスにドキュメンタリー風のSFとして寄稿したとわかり納得。サイエンスって小説も載ることあるんですね。
地獄とは神の不在なり
題から最も興味があった作品。
登場人物の考えの変化がメインで書かれており、こういう話は好きなので実際読みやすかった。
神への愛…信仰は方法ではなく目的であり、絶対的なものである。ということに説得力を感じる作品。
こういう話題で常に思い出すのがさっきも出してきたイワンだが、彼はこの作品でいう「神は慈悲深くない」を諦められていない。この作品の定義で言うなら、彼は神を愛したいが、条件をつけている時点で、信仰を持っていない者ということになるだろう。
この短編集、悟りについて書かれてることも多いような。
この話でいう天使の光などの要素は、全体にそれで何をしたいのかはわかるけど、もう少し具体的な説明が欲しくなってしまう。
テーマは信仰についてよりストイックに描いたヨブ記らしい。カラマーゾフのイワン周辺はヨブ記絡みらしいので連想はあながち間違っていない(?)
ヨブ記読みたい。
顔の美醜について
顔の美醜が脳で判断できなくする技術、カリーが使えるようになった世界。それを推進すべきかどうかの採決を巡り、賛否の議論が描かれる。
色んな立場や目線による賛否が総当たりのように描かれていて面白い。
もしも実在したとして、私は美しいものを見るのに生きがいを感じるからつけたくないな。でもオンオフが自在ならあったら生きやすくなるだろうか。
カリスマ性が飽和したら正しい判断ができなくなって危ない、というのはわかるけど、美の刺激が強すぎる事へはそういう恐れを感じたことはない。慣れてるからだろうか。
また作中では外見の魅力を遮断することで人を真に見て愛せるようになる、と言われていることに、極端だと感じてしまうことから、自分の中では、人の価値には外見も密接に関わっていて、フェアな評価付けが不可能な部分も全部コミで人なのだと、それが普通なのだという価値観ができていると気付かされる。
どちらが良いかはさておいて。
覚え書き&解説 を読んで
ぶっちゃけ作者の覚え書きの内容は全然わからん。頭いいのだろうなというのだけわかる。
理解できればより面白い作品だろうに自分の理解力が追いついていないのが非常に悲しい。数年後にまた読んでみたい。
p512-513
科学的世界観を背景とする記述が異様な世界に顔をのぞかせて読者に認識の変容を体験させる
認識の変容が現実の姿をも変容させ、それは人間の内面世界にも反映される、というのはチャンの作品に共通するモチーフだ。
「ひとつで全宇宙を表現する巨大な象形文字」について考察するが、作者はこうした完全言語の探求を自作の主要なテーマのひとつにあげている。
チャンがSF的なものの見かた・考えかたをいかに自家薬籠中のものとしているかがわかるだろう
解説は不明に感じた点や、なんとなく感じた作風が言語化されていて、読んで多くの部分に納得がいった。
作者は「結末に向かって話を組み立てるタイプ」らしい。こういうところがあなたの人生の物語ヘプタポッドの発想に寄与していそうだと思った。
『あなたの人生の物語』を読んで、この上巻に 神はあるか?神はあります ありません という議論があったのを思い出した。